反田恭平の経歴がスゴすぎる!サッカー少年から何故ピアニスト?

ショパンコンクール第2位受賞、反田恭平さん、おめでとうございます!

ショパンコンクールの日本人第2位は、1970年内田光子さん以来二人目の受賞なんです。

それを聞くだけでも、いかに反田恭平さんがスゴイピアニストかわかりますね。

すでにピアニストとして活躍をされている反田恭平さん。

十分実力もありながら、ショパンコンクールを目指したのには、ある思いがあったそうです。

反田恭平さんが、ピアニストになるまでには、なかなか面白いエピソードがあります。

今回は、反田恭平さんの経歴を中心にご紹介していきます。

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反田恭平の経歴がスゴすぎる!

反田恭平さん、現在はショパンコンクールのファイナリストとして選出されています。

ショパンコンクールはYouTubeで配信されていることもあり、全世界から注目が集まっていて、話題になっています。

では、反田恭平さんの簡単なプロフィールからご紹介です。

プロフィール

【名前】反田恭平(そりた きょうへい)

【生年月日】1994年9月1日

【年齢】27歳(2021年10月現在)

【出身地】北海道札幌市⇒愛知県名古屋市⇒4歳半より東京都で育つ

【出身高校】桐朋女子高等学校音楽科

【留学】2014年 モスクワ音楽院入学

【現在の学校】2017年 ショパン国立音学大学入学

反田恭平さんは、過去に多くのコンクールで受賞をしてきた経歴があります。

反田恭平の受賞歴

それでは、過去から現在までの受賞歴をご紹介です。

2008年 第18回日本クラシック音楽コンクール 最高位

2009年 第2回エレーナ・リヒテル国際ピアノコンクール 第1位

2009年 第16回全日本ジュニアクラシック音楽コンクール 第1位

2009年 第63回全日本学生音楽コンクール中学校の部 第2位

2010年 第11回ショパン国際ピアノコンクールin ASIA
中学生部門 ファイルにて 銀賞

2010年 桐朋女子高等学校音楽科 学内ピアノ・コンチェルト・オーディション
第1位

2012年 第81回日本音楽コンクール 第1位 聴衆賞受賞

2015年 チッタ・ディ・カントゥ国際ピアノ協奏曲コンクール
古典派部門 優勝

2017年 出光音楽賞受賞

2021年 第18回ショパン国際ピアノコンクール ファイナリスト

すごい受賞歴ですね。

でも、幼少期からピアノの英才教育をバリバリに受けていたわけではないのが、反田恭平さんなんです。

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サッカー少年から何故ピアニスト?

えっ、どういうこと?ですよね。

反田恭平さんの子ども時代を知ると、結構面白いエピソードと経歴があります。

幼い時はサッカー少年

ピアニストを目指す人って、結構幼い時から、練習をバリバリして、ピティナなどの多くのコンクールを受けている人が多いんです。

でも、反田恭平さんは全然違って・・・

反田恭平さんは、過去のインタビューで

ピアノより前に好きでやっていたのがサッカー。

赤ん坊で首が座ったと同時にボールに触れていたっていう逸話もあるくらい

引用元:ARTalk

と言うように、いわゆるサッカー少年だったようです。

反田さんの母親が、あまりにも動き回る我が子を見てサッカーチームに入れたと言います。

ポジションは、ミッドフィルダーかフォワードをやることが多く、チームの中で数少ない左利きだったことで、ポジションにつきやすったのです。

おまけにキャプテン、と聞くとかなりサッカーが上手かったと思われます。

じゃあ、何故サッカーからピアノにしたんでしょうね。

実は、11歳の時にサッカーの試合中に、右手首を骨折!

治療の中での接骨の痛みがトラウマになって、サッカーを辞めました。

こんな痛い思いをしない職業を考えた時、ピアノでいいか!って

思って辞めるってある意味すごい決断!

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反田恭平がピアノを始めたきっかけは?

では、反田恭平さんはいつからピアノを始めたんでしょうか。

反田さんが初めて鍵盤を触ったのが4歳の時。

母親は趣味のエレクトーンで『ミッキーマウス』を弾いてくれた時に、簡単そうだと思って見よう見まねで弾いたら、弾けちゃったそうです。

それを見て母親が、4歳で名古屋の「ヤマハ音楽教室」へ入れたことが始まり。

半年後に引越しで東京へ行くと、絶対音感を鍛える一音会ミュージックスクールへ。

そこで出会った男の先生が、芸人の「なすび」さんに似ている人で、先生が大好き(なすびが大好き?)で楽しく通っていたそうです(笑)

反田恭平・中学生の時にピアニストを目指す

反田恭平さんは、中学の時に『桐朋学園大学音楽部附属の子供のため音楽教室』の仙川教室へ入りました。

この教室は、あの世界的指揮者・小澤征爾さんを第一期生として輩出した歴史のある学校

そこで衝撃を受けたと言います。

この音楽教室に入るためには、試験があったのです。

その入学試験で300満点中の18点しか取れていなかったんです。

実技はいいけど、基礎的知識が乏しいと。

保留くん」とあだ名をつけられるほど。

そんな反田さんが、中学1年生の時、プロのピアニストを決意するきっかけがありました。

それは、指揮者の曽我大介先生のワークショップに参加したこと。

指揮棒を一振りしただけで、オーケストラのあらゆる楽器が一斉になり始めたことに感動して、これが天職だ!と思ったそうです。

指揮者になるためのアドバイスを求めた時に「一つの楽器をとことん極めることがいい」と言われて、ピアノを頑張ろうと思ったきっかけになりました。

反田さんは、そのワークショップの翌年に、テレビ朝日の『題名のない音楽会』で指揮を振るチャンスがあったこともありました。

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反田恭平・本格的にピアニストを目指す

本格的にピアニストを目指すことにした反田恭平さんですが、音楽高校に行くことに父親は反対していたようです。

父親との確執について、反田さんはこんなことを言っていました。

父との確執の発端は、くだらないことだが、母の焼いたホットケーキ。

大きめのホットケーキを取ったことが原因で父親と喧嘩になった。

その流れで「音楽系の高校には入れさせない」といわれた。

引用元:HIGHFLYERS

その父親が、

そんなに音楽高校に行きたいなら、コンクールで1位を獲って、賞状を持ってこい

と言われたことをきっかけで、その後4つのコンクールを受けて3つの優勝をしています。

反田恭平・ショパンコンクールを目指したきっかけは?

反田恭平さんは、高校3年生の時に、父親に大学の話をした時も、

高校までは学費を払うが、音楽大学には行かせない

と言われています。

そこで反田さんは、一念発起!

日本で一番歴史のある「日本音楽コンクール」で優勝をし、ロシア留学を決めています。

ロシアの留学先は、モスクワ音楽院。

それも主席で入学を決めています。

反田恭平さんの人気は、おそらく『情熱大陸』の出演のきっかけもあったかもしれません。

この番組で知名度が上がり、2016年にサントリーホールで行われたデビューリサイタルでは、2000席が完売になっています。

クラシックのデビューリサイタルでのこの完売はスゴイことなんです。

その年の8月30日から連続3日間行われたリサイタルも即日完売。

ピアニストとして活躍している反田恭平さんが、今回何故ショパンコンクールを目指したのか。

ショパンコンクールの3次予選の後のインタビューで

日本だけではなく、ヨーロッパの人達にも認めてもらいたい

という気持ちでこのショパンコンクールを受けたと言っています。

すでに、海外から多くのコンサートの依頼が来ていると言います。

まとめ

日本で大活躍している反田恭平さん。

ショパンコンクールで全世界に反田恭平さんの魅力が伝わっていっています。

優勝をして欲しい、と期待しています。

 

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